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岡山地方裁判所 平成6年(ワ)65号 判決

原告

石田晋治

ほか一名

被告

中村加代子

主文

一  被告は、原告石田晋治に対し、金三九二五万六五〇〇円及びこれに対する平成四年六月二三日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  被告は、原告石田政子に対し、金一〇〇〇万円及びこれに対する平成四年六月二三日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

三  原告石田晋治のその余の請求を棄却する。

四  訴訟費用は、これを一〇分し、その七を被告の、その余を原告石田晋治の負担とする。

五  この判決は、一、二項に限り、仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は、原告石田晋治に対し、金六一四九万〇九二〇円及びこれに対する平成四年六月二三日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

2  主文二項と同旨

3  訴訟費用は被告の負担とする。

4  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告らの請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は原告らの負担とする。

3  保証を条件とする仮執行免脱宣言

第二当事者の主張

一  請求原因

1(本件交通事故の発生)

(一)  発生日時 平成四年六月二二日午前六時二〇分ころ

(二)  発生場所 岡山市表町三丁目五番一号先交差点

(三)  加害車両 普通貨物自動車(岡山四〇り四八一二)

(四)  運転手 被告

(五)  被害車両 自動二輪車(岡山市ぬ九三〇七)

(六)  右運転手 原告石田晋治(以下、「原告晋治」という。)

2(被告の責任)

被告は、前記発生場所の交差点を加害車両を運転して通行するに際し、同交差点入口付近には一時停止の道路標識が設置され、左右道路の見通しも困難であつたから、同交差点の一時停止位置で一時停止し左右道路の交通の安全を確認すべき注意義務があるのにこれを怠り、一時停止して左右道路の交通の安全を確認することなく時速約二〇キロメートルで同交差点に進入したため、左方から直進してきた原告晋治運転車両の発見が遅れ、本件事故を起こしたもので、被告は原告らに生じた後記損害を賠償する義務がある。

3(原告晋治の被害の状況等)

(一)  原告晋治の状況

原告晋治は、本件事故により、脳挫傷、頭蓋骨骨折等の傷害を負い、平成五年六月二二日症状固定したが、四肢機能の全廃等のいわゆる植物状態であり、同年一〇月一九日、自動車損害賠償保障法施行令の後遺障害別等級表一級三号の認定を受けた。

(二)  逸失利益 金二八三八万五四四八円

原告晋治(昭和一一年三月八日生)は、株式会社不二サービス岡山支店に勤務しており、本件事故前の平均収入は、次のとおり一か月金二二万五三七三円であつた。

平成四年四月分 金二四万〇三七六円

五月分 金二一万五九〇四円

六月分 金二一万九八三九円

合計金六七万六一一九円

平均金二二万五三七三円

原告晋治は、本件事故当時五六歳であり、平均余命年数は二三・一六年、就労可能年数は一一年、新ホフマン係数は八・五九である。

したがつて、原告晋治の逸失利益は、金二三二三万一四四八円となる。

22万5373円×12か月×8.59=2323万1448円

(2) 原告両名は、農地を六・三反所有しており、原告晋治が農業に従事し、毎年六〇俵の収穫を得ていた。

一俵二万円の売却価格とすると、売上総額は一二〇万円であるが、経費を二分の一として、右農業によつて得る利益は一年六〇万円である。

右金員に新ホフマン係数八・五九を乗ずると、原告晋治の農業による収入は、金五一五万四〇〇〇円である。

本件事故により、原告晋治は、農業に従事することができなくなり、右収入を得ることができなくなつた。

逸失利益の合計は、右(1)及び(2)の合計で、金二八三八万五四四八円である。

(三)  慰謝料 金三〇〇〇万円

原告晋治は、本件事故により、健全な職場生活・家庭生活を営むことができなくなるばかりか、植物人間同様となつたのであり、その精神的打撃を慰謝するには、金三〇〇〇万円を相当とする。

4(介護料)

(一)  付添費 金二六六六万九三二〇円

原告晋治は自ら生活できないので、原告晋治の妻である原告石田政子(以下、「原告政子」という。)が勤務先である小杉商事株式会社を休んで介護をしている。

原告政子の一か月の平均収入は、次のとおり金二〇万六三五五円である。

平成四年六月分 金二一万二六〇五円

七月分 金二〇万三二三〇円

八月分 金二〇万三二三〇円

合計金六一万九〇六五円

平均金二〇万六三五五円

原告政子は、本件事故当時五〇歳であり、平均余命年数は三三・四一年、就労可能年数は一七年である。

しかし、原告晋治の平均余命年数は二三・一六年である。

また、付添婦の日当は、金八〇〇〇円を下らないものであり、原告政子の給料を超えるものである。

原告政子の平均余命年数は三三・四一年であることから、原告晋治の介護にあたることが可能である。

よつて、二三・一六年の新ホフマン係数は、一〇・七七である。

23.16×0.4651

したがつて、付添費用は、金二六六六万九三二〇円である。

20万6355円×12か月×10.77=2666万9320円

(二)  その他・雑費 金六四三万六一五二円

原告晋治にかかる経費は一日、雑費金一二〇〇円、交通費金四六〇円の合計金一六六〇円であり、現在請求しうる金額をホフマン係数により算出すると金六四三万六一五二円である。

1660円×30日×12か月×10.77=643万6152円

5 したがつて、原告晋治が被告に請求しうる金額は、合計金九一四九万〇九二〇円である。

右の内金三〇〇〇万円を受領したので、金六一四九万〇九二〇円を請求する。

6(原告政子の慰謝料) 金一〇〇〇万円

本件事故により、原告政子は原告晋治の看護のみに専念することになり、温かい家庭生活を再び営むことはできなくなつた。

この精神的打撃を慰謝するには、金一〇〇〇万円を相当とする。

よつて、原告らは被告に対し、不法行為による損害賠償請求権に基づき、原告石田晋治につき金六一四九万〇九二〇円、原告石田政子につき金一〇〇〇万円及びそれぞれに対する本件事故の日の翌日である平成四年六月二三日から支払済みまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

請求原因1は認める。

2 同2は認める。

3 同3は知らない。

(原告晋治の就労可能年数、余命)

いわゆる「植物状態患者」の就労可能年数、余命を一般の場合と同様に認定することは経験則、各種の統計に反する。

五〇歳代、六〇歳代の「植物状態患者」のうち、五年未満に死亡したものは、前者が六五・六七パーセント、後者が七一・三三パーセントである。

単純に平均余命に達するまで生存するものとして介護費用を算定し、あるいは統計上就労可能な全期間生存し、その間通常人と同額の収入を得るものとして逸失利益を算定するとすれば、加害者に著しく不利で逆に被害者に有利な結果となつて公平を失する。

何らかの形で修正する必要がある。

4 同4は知らない。

(付添看護料)

(一) 家族の看護料は定額によるべきもので、妻の従前の収入を基準とするべきではない。

(二) 岡山療護センター(岡山済生会病院に運営委託)に入院すれば、完全看護となる。

5 同5のうち、原告晋治が自賠責保険金三〇〇〇万円を受領したことは認め、その余は争う。

6 同6は知らない。

三  抗弁

1(過失相殺)

本件は、交差点における出合い頭の事故で、原告晋治にも本件事故発生について若干の過失が存する。

2(損害の填補)

(一)  自賠責保険後遺障害保険金三〇〇〇万円

(二)  被告の締結している自動車(任意)保険(富士火災海上保険株式会社)により、次の金員が原告晋治に支払われた。

(1) 付添看護料 金一三四万六四〇〇円(一日三六〇〇円、三七四日)

(2) 入院諸雑費 金二六万一八〇〇円(一日七〇〇円、三七四日)

(3) 休業損害 金二三三万九九六〇円

合計金三九四万八一六〇円

(4) 文書料 金一万二八七五円(協立病院)

(三)  原告晋治は、平成五年八月以降自動車事故対策センター(政府出資法人)岡山支所から日額入院金四〇〇〇円、自宅療養金二〇〇〇円の支払を受けている。

四  抗弁に対する認否

1  抗弁1は争う。

本件事故当時、本件事故現場の交通量は少なく、原告晋治は優先道路を通常の速度で進行していたもので、一時停止をせず、交差点進入前に加速した被告運転車両を交差点進入前に発見することは不可能であり、また、交差点進入後に、原告晋治運転車両の前面を横断した被告運転車両との接触を避けることは不可能であり、本件事故について原告晋治には全く過失はない。

2  同2(一)、(二)は認める。

同2(三)は認める。ただし、同支払金は損益相殺の対象とはならないものである。

第三証拠

本件訴訟記録中の書証目録及び証人等目録の記載を引用する。

理由

一  請求原因1(本件交通事故の発生)及び2(被告の責任)は当事者間に争いがない。

二  同3(原告晋治の被害の状況等)について

1  原告晋治の状況

証拠(甲二の5、6、9、三ないし五)によれば、原告晋治は、本件事故により、脳挫傷、頭蓋骨骨折等の傷害を負い、平成五年六月二二日症状固定したが、四肢機能の全廃等のいわゆる植物状態であり、同年一〇月一九日、自動車損害賠償保障法施行令の後遺障害別等級表一級三号の認定を受けたことが認められる。

2  逸失利益 金二三二三万一四四八円

(一)  証拠(甲二の6、7、六ないし九、原告石田政子)によれば、原告晋治(昭和一一年三月八日生)は、本件事故当時満五六歳であり、株式会社不二サービス岡山支店に勤務し、本件事故前三か月の平均収入は月額金二二万五三七三円であつたことが認められ、また前記認定のとおり、本件事故により労働能力を完全に喪失し、就労することができなくなつたものである。

そこで、就労可能年数を一一年、新ホフマン係数八・五九として、原告晋治が右に就労できなくなつたことによる逸失利益の本件事故当時の価額(本件においては、症状固定日の前後において原告晋治の損害は同じであるから、休業損害をも含めて算定する。)を計算すると、次の計算式のとおりで、金二三二三万一四四八円(一円未満切り捨て。以下同じ。)となる。

22万5373円×12か月×8.59≒2323万1448円

なお、右逸失利益の算定についての、植物状態にある原告晋治の生存可能年数は平均余命より短く、満六七歳まで就労することはできないものである旨の被告の主張は、原告晋治の生存可能年数が右のとおり認定しうるとすれば、右認定された生存可能年数後については生活費の控除をすべきこととなる点において意味があるというべきであるが、原告晋治の生存可能年数については、後記判断のとおりこれを確定することはできないというべきであり、損害額の算定においては、平均余命を前提とするほかなく、就労可能期間において生活費を控除すべき理由はない。

(二)  原告晋治が農業に従事することができなくなつたことによる逸失利益については、その額を的確に認定しうる証拠はないから、これを認めることはできない。

なお、原告政子本人尋問の結果及び甲第二三号証(原告政子作成の報告書)中には、原告両名は六反三畝ほどの農地を所有しており、年間一反一〇俵の収穫があり、年間合計一二〇万円の売上があつて、経費は約二分の一であるから、年間約六〇万円の農業収入があつた旨の部分があるが、甲一四号証(平成四年五月一二日付平成四年度市民税県民税徴収税額の通知書)によれば、原告政子の農業収入は五万一五二三円となつており、また、前掲証拠によれば、本件事故後は右農地を片岡津平に耕作依頼しており、平成五年には六万六八五四円を受領したこと、毎年右農地の一部は休耕田にしていることが認められるところであり、その他原告晋治の農業収入を裏付ける証拠はないから、前掲証拠のみにより、原告晋治の農業に従事することができなくなつたことによる逸失利益の額を認定することができない。

3  慰謝料 金二五〇〇万円

原告晋治の状態及び前記のとおり原告晋治の農業収入を的確に把握することができないこと等諸般の事情を考慮すると、原告晋治の慰謝料は、金二五〇〇万円が相当である。

三  同4(介護料)について

1  付添費 金二四七一万一四一二円

前記認定の原告晋治の状況及び証拠(甲六、原告政子本人、弁論の全趣旨)によれば、原告晋治は本件事故日から終生付添看護を要するものと認められ、原告晋治の妻である原告政子がその任に当たつていることが認められる。

そこで、原告晋治の付添看護を要する期間について判断するに、平均余命期間である二三年間と認めるべきである。

なるほど、証拠(乙二ないし四、六、七)によれば、脳損傷を生じ植物状態にある者の生存年数につき、平均余命よりも短くなる傾向を示す統計資料が存することは認められるところではあるが、右資料に基づき原告晋治が何年間生存可能であるかを確定することはできないというほかないものであり(右統計資料中には五〇歳代の者につきその平均余命に近い二〇年間以上生存の例も報告されている。)、その他右生存可能期間を認定しうる証拠もなく、また、付添費の額の算定において、付添費日額を相当な額に定めることとすれば、平均余命を使用することが不合理であるということもできないと考える。

よつて、付添費の額を算定するに、前記事情のもとにおいては、付添費日額は四五〇〇円とするのが相当であり、原告晋治の平均余命までの年数は二三年であるから、新ホフマン係数一五・〇四五として、付添費(原告晋治は症状固定日まで入院治療を受けており、その間は入院付添費となるが、症状固定日の前後を通じて同じ付添費日額をもつて算定するのが合理的である。)の本件事故当時の価額を計算すると、次の計算式のとおり、金二四七一万一四一二円となる。

4500円×365日×15.045≒2471万1412円

なお、原告政子が原告晋治の付添看護するについて、小杉商事株式会社での勤務ができなくなつたこと(原告政子本人)による原告政子の逸失利益をもつて原告晋治の付添費となる旨の原告らの主張は、前記のとおり平均余命を前提として付添費用は算定するについては、採用しえない。

2  その他・雑費

前記のとおり、原告晋治の逸失利益を算定するについては、生活費控除をしてないことからすれば、原告晋治にかかる雑費、交通費については、右逸失利益に含まれるものと考えられるから、抗弁2(二)(2)(入院諸雑費)の金二六万一八〇〇円(支払済み)を除き、右項目についての損害については独立には認められない。

四  以上によれば、原告晋治の本件事故による損害額は、金七二九四万二八六〇円となる。

五  抗弁1(過失相殺)について

前記請求原因2(当事者間に争いがない。)の本件事故の状況に、証拠(甲二の3、4、8、12、13、被告本人)を総合すれば、本件事故の発生については、原告晋治の前方左右の注視義務違反も一因となつているとは言えるものの、被告の一時停止義務違反及び左右道路の交通の安全確認義務違反が圧倒的原因というべきであるから、本件においては、過失相殺をすることは適当ではない。

六  同2(損害の填補)について

右支払は当事者間に争いがないところであるが、前記原告晋治の損害について支払われたものは、自賠責保険金三〇〇〇万円及び付添看護料金一三四万六四〇〇円、休業損害金二三三万九九六〇円の合計金三三六八万六三六〇円である。

なお、自動車事故対策センターからの介護料については、その性質上損害賠償額の填補とすることはできないと考える。

すると、原告晋治が被告に請求しうる損害額は、前記金七二九四万二八六〇円から右金三三六八万六三六〇円を控除した金三九二五万六五〇〇円となる。

七  請求原因6(原告政子の慰謝料)について

前記認定の事実に証拠(甲二の10、二一、二三、原告政子本人)を総合すれば、原告政子は、その夫原告晋治の看護に専念しており、これを原告晋治の終生続けなければならないものであり、原告晋治の状況及び原告政子の今後等諸般の事情を考慮すると、右慰謝料は、金一〇〇〇万円が相当である。

八  よつて、原告晋治の請求は金三九二五万六五〇〇円及びこれに対する本件事故の日の翌日である平成四年六月二三日から支払済みまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるから、右限度で認容し、その余は理由がないから棄却し、原告政子の請求は理由があるから認容し、訴訟費用の負担について民事訴訟法八九条、九二条を、仮執行宣言について同法一九六条一項を(仮執行免脱宣言は相当でないから付さないこととする。)それぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 吉波佳希)

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